昭和50年11月1日 月次祭 入力者 北村修司
私共の、おー、願いと、神様の、おー、願いとが、あー、一致するおかげを受ける事が、えー、このように生神金光大神様が、あー、御出現あそばされた、あー、のは、その為。えー、願う氏子におかげを授け理解申して聞かせ、末々親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行く世界、それが天地金乃神様の、おー、願いでございます。また教祖生神金光大神様への、それが、御依頼でもございます。ですから、信心の、おー、焦点というのが、そこにおかれるところから初めて人間の幸せが許されるのです。ただ私共の願いが成就するという事だけでは決して人間の幸せは、あー、頂けるものではありません。もう不思議な事です。願いが一つ二つ成就したからというて幸せになるという事では決してないのです。
今日、浮羽郡の方からお参りになった、な、うー、(玉あられ?)という酒を作っておられる所の御主人がお参りになった。うー、市川さんという方のお導きで参ってまいりました。えー、萩野教会の信徒総代、んえー、信徒会長をされてある。えー、この方は、ここで胃癌の、おー、宣告を受けて、それから医者にかからんでもおかげが頂かれるという、それに力を得て一心にお参りをされておかげを受けられた方であります。
その、うー、玉あられの御主人が、えー、もう、半年も前でしょうかね、半年ももう以上になりましょうか、えー、町会議員に立候補されました。そん時にお願いにみえて、おかげで無事当選のおかげを頂かれて、そしてお礼参りをされて、えー、今日ですから、三度目のお参りです。今日はもう自分の、この頃は思うようにならないからこの頃は酒ばっか飲んでおります。酒屋さんですから酒はなんぼでもあるわけです。ね、飲んどる間は、まあ、何もかにも忘れていいのですけれども、酔いが覚めるといわゆる悩みが大きくなって来る。そこで、えー、思い出したのが選挙の時にお願いをさせて頂いた合楽の金光様の事。それで今日ももういっぺん連れて参ってくれと言うので参ってみえた。まあ、みえられたんです。
お話を聞きますとやっぱいろいろ問題が、第一この頃お酒が売れなくなった。もう灘の酒等に押されて、なかなかその長音の酒が売れない。だからその、まあ売れるようにという事、金銭のお繰り合わせの事、人間関係の事、様々である。ちょうどそういう御取次をさせて頂いておりましたら、私が頂きますことが、その、お導きをしておられる、市川八郎と言うんです、お名前が。その市川八郎というのを、一つの川、八郎とだんだんだんだん大きくこういう風に頂くんですよ。
ですから、その、酒屋の御主人に申しました。あなたは一心に信心をさせて頂かれたらね、もう必ず八の字のように末広、だんだんこう末広がりのおかげが受けられるようになりますよと言うておるところへ電話が、かか、かかってまいりました。日田からです。えー、八月に、いー、お参りをして、えー、おかげを頂きましてまたお願い、電話ですいませんけれどもというお願いであった。
というのはその、息子さんが大変剣道が好きなんですけれども、体が弱いから、そのー、剣道してはならないという事になった。それで本人は好きだし、健康にもならなきゃいけないのでお願いをさせていただいておりましたら、おかげで日ならずして健康になって、剣道も、おー、されるようになった。今日のお願いは、えー、今度小学校で剣道の試合があるからどうぞ勝ちますようにお願いして下さいという事でした。
ただ、もう本当にこのお願いという事がです、一つ二つのことが願いが成就したから、もうそん時は、はあもう、今のその玉霰の御主人もそうですよ、だいたいはもう当選するめどが無かったんです。それを、まあおかげを頂いて当選のおかげを頂いた。もうやれやれ嬉しかったんですけれども、それはもう束の間の嬉しさ。ちょうどそんな(顔?)にかかってきた、今の、おー、日田からかかってきた電話もそうである。ね、どうでも一つ、あのー、おかげを頂いて、はいはい、それではなら今度勝ちますようにお願いしますから、今度はお礼参りをしなさいよと言うて、まあ申しましたことです。ね、お願いをする。健康になった。そして、えー、二ヶ月も三ヶ月も放っておいて、健康になったから今度は、あー、いよいよもう試合に出られるくらいになった。それでどうぞ勝ちますように。だからその辺までは、はいはい、なら勝つようにお願いしますよとお願いも申しましたが、今度は私がね、今度は勝ったならお礼参りしなさいよと私が申しました。ね、お礼参りをしてきたならば、いわゆる理解申して聞かせと、きょ、仰るのですから、理解を申して、いわゆる聞かせなければならないと、まあ思うておるのでございます。
ね、初めの間は誰でもそうです。ね、ならその、玉霰の御主人もやはりそうです。そこで、まず今日は御理解をいろいろ頂かれて、今朝の御理解を頂かれて、これからは一つ、なら、自動車でお参りしたら三十分ぐらいしかかからんそうですから、半日の道をいわば歩いて参るくらいな事ですよ。それなら朝参りを一つ、あの、始めなさいという事でございました。ね、そして本当に神様が下さろうという市川八郎という、ね、市から、あー、川からだんだんこう広がって行く、八の字に広がっていくというようなおかげが頂かれるなら、ね、一つ信心させてもらおうかという事、いう気に、ま、なられるのじゃないかと思うのです。
そこで、信心にならせて頂かなければならんのです。ここで五つの願いという願いが、んー、なされております。もう御神前にぬかづかせて頂いたら、必ずこの五つの願いだけをもう唱え事のようにして皆さんが唱えておられるはずです。私もそれをお願いさせて頂いておる。ね、一つは体の丈夫のことを願わなければなりません。二つには家庭の円満を願わなければなりません。三つには、いよいよ、ね、これが、ね、親一代であってはたまらん。あー、つまらん。親の代よりも子の代、子の代よりも八の、えー、孫の代というように、いよいよ末広がりのおかげを頂かせてもらわなければならん。そういう願いを持たせて頂かなければならない。
四つ目から少し難しゅうなる。どうぞ、ね、真実の、本当の御用ができますように。五つ目になるともっと高尚になって来る。神願御成就の、ね、神様の願いが成就する事の為に、ね、私共もお役に立ちたいという願い。ね、体の丈夫を願わせて頂くことも、ね、子孫繁盛家繁盛のおかげを頂かせて頂く事も、ね、健康のおかげを頂く事も、そのすべてが、人間らしい本当の生き方ができる事の為に願うのであります。本当の御用、日々の御用というのが、ただ我情我欲のための健康であったり繁盛ではないのである。人間らしい本当の生き方ができる事の為に、健康も下さい、おかげも頂きたい。ね、繁盛のおかげも頂きたい。物にも恵まれたい。ね、そしてそれがです、そのまま親の代よりも子の代へと末広がりに広がって行く家繁盛子孫繁盛の大みかげを頂かせて頂く事も、神願御成就の事の為にお役に立たせて頂けれる氏子にならせて頂きたいという念願をもっての信心。ね、神様の願いというのは、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせと、末々親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く道の顕現されるという事が、ね、神様の願いであります。天地の親神様の願いと、そこで私共の願いが一致するという、この一致点が、私共の信心の上に現れてくるようになりますと、人間は必ず幸せになります。ね。
まだ椛目の時代でしたが、息子さんが粟粒結核で医者が難しいと言う。それでお母さんが一生懸命に日参をさせて頂いた。今にその、おばあさんですが、信心続いておられます。それが、そのー、えー、参ってみえた時に、ね、この、神様の御信心はね、もうとにかく有り難うならせて頂く稽古である。もう一切のものにお礼を申し上げる稽古だ。例えばマッチ一本すらせて頂いても、ね、有り難うございますというというだけではなくて、そのすりがらにでも御礼を申し上げる心にならせて頂いたらというのが、もうそのおばあさんの心の中に食い入るように感じられた。もうそれからというものは、もう非常にその、拝む事が好きになり、もうなんでもかんでもこう御礼を申し上げると言うようなね、それこそ、マッチ、ポッとして役に立った。そん時にはだいたい御礼を言うけれども、それまでのマッチの軸にまではお礼を言う人は少ない。というくらいに抜け目無く御礼を申し上げる生活に入らせて頂く事がお道の信心だ、もうそれこそ馬鹿の一つ覚えのようにその事を、今でもそれを言われます。そういう信心をなさっておりましたら、さしもの、おー、その粟粒結核が治りました。本人もだんだんお願いに参って来るようになりました。健康になりました。もうこんな大きなその立派な青年です。それから、信心がちょっと途絶えました。それからまた、あー、その息子さんの事で難儀な問題になりましてね、私は忘れもしませんが、ちょうどその秋の御本部参拝の時に、初めて御本部参拝をされました。その息子さんが健康にならせて頂いた事、ならせて頂いたけれども、御本部のあの、おー、お祭りを待たせて頂いておる間でした。先生、今度は金光様に私はどうでもこの事をお願いしなきゃならんですけれども、本当にあの息子がね、病気の、あんなおかげを頂きましたが、ね、本当に先生、私はもうあん時に死んどった方がおかげじゃなかじゃろうかっち思いますっち言わっしゃる。ね、あん時にはどうぞ助けてください助けてくださいと言うてお願いをし、助けて頂いたけれども、ね、本当はあん時に助けて頂かなかった方がおかげじゃなかじゃろうかとさえこの頃思いますと。
というのはですね、その、おー、せ、あの、息子さんがおかげを頂いたんです。ところがその、信心はもうそれっきり本人はやめましたが、村の、おー、まあ、不良グループとでも申しましょうかね、牛泥棒をしたんです、青年達が何人かで。それでそれが新聞沙汰になり、その、警察沙汰になり、もうそれこそ親としてこんなに恥ずかしい事はない。粟粒結核でもう生きるか死ぬかという病人が良うなったら今度は牛泥棒をするごとなった。ね、お母さんが言うのが分かるでしょうが。親先生、あん時に、助か、助けて頂かなかった方がかえっておかげじゃなかったじゃろうかと思いますとこう言うんです。
そりゃあ助けなさった神様としちゃあこげん馬鹿らしい事はなかですよね。助けた上、助けてもらわんがよか、あとからそげん言う事。ね、もちろん、それからいろいろ御理解を頂いて、ね、心を取り直させてもろうておかげを頂いて、その、おー、牛泥棒の件も内々で済ませて頂くようになり、それから本人も改まり、参っても来るようになり、それから、早速嫁さんをもろうて、えー、山口県の方へ、えー、移って、現在、ま、元気で働いております。
ね、頂いたおかげがかえって、ね、言うならば頂いた財産がかえって喧嘩の元になりましたじゃん。頂いたこの健康がです、ね、かえって、神様に不足を言わなければならないような結果が生まれて来る。ね、腕力は強い、喧嘩はする。ね、そしてその、おー、悪い友達と付き合って牛泥棒をするようになった。親としては、ね、本当にあん時助けてもらわん方が良かったというような、まあ、これは極端なお話ですけれども、おかげがそういう事になってはつまらんのです。頂いたおかげが生きてこなければならん。しかもその生きたおかげがです、神様も喜んで下さるという、金光大神も喜んで下さるという、自分自身はなおさら喜ばしいというおかげになっていかなければ、金光様の御信心の本当のおかげとは言えんのです。
初めの間は、ね、町会議員に立候補するに不思議におかげを頂いた。して今度また苦しくなったから、今日お願いにみえたその酒屋の御主人じゃないですけれども、(そうじ?)そん時に日田から電話がかかってきた時にです、ね、何ヶ月前にお願いをしとって子供が健康になった。はあそうですか、健康になられたですか、御取次させて頂いておるけれども、まだ分からん、御礼に出てきとらんから。そして剣道の、いわば試合にも出れるようになったら、今度はどうぞ剣道に勝ちますように。まあ神様は、この辺のところまではね、ね、はいはい、なら勝つようにお願いしますよということである。けれども、ね、今度、今度は、ね、勝ったならば御礼参りをしてきなさいよと。そして、御礼参りをしてきたならばです、今私が皆さんに聞いて頂いたような事を聞いてもろうて、人間の真実の幸せのおかげの為に、神様と氏子とが一緒に喜び合えれるようなおかげを頂く事の為にこれからの信心がなされなければならんという事になります。
ね、ですからまず、何と言うても体の丈夫を願わにゃいけません。ね、家庭の円満を願わなきゃいけません。いよいよ、なるほど子供も行くなら家繁盛子孫繁盛は間違いないと確信ができるほどしの信心をこれに頂かなければいけません。財産はできたが残ったが、はたして子供達がこれをどういう風になっていくであろうかと不安なような家やら物やら財産であってはならん。もう子供の代よりは孫の代に、もうこれさえ頂いていけば間違いないというものをです、残しておかなければならない。それをお徳というのです。御神徳であります。
そこで、なら御神徳を頂く事の為にお互いが信心をさせて頂く。この方の事を生神、生神と言うけれども、この方ばかりが生神ではない。ここに参って来るみんなが生神じゃと。ね、この方がおかげの受け始めであって、みんなもそのようなおかげが受けられるという、教祖は仰っとられる。生神とはここに神が生まれるという事であってと仰っておられます。ね、ですから金光様の御信心はもうすべてこの生神様を目指すのです。それを私共がおぎゃっとこの世に出た途端にです、もう生神が誕生したのです。ね、その、生神が誕生したのですけれども、ね、物心つく頃になると、もう我情がでる、我欲がでる。
先ほどここに、えー、オモチャの自動車がお供えになっておりましたよね。この頃からも一台頂いた。ところが子供が二人おりますもんですから、もう取り合いです。こりゃまた、おー、一台頂いたなら喧嘩せんでよかろうっち、まあ私は思いましたけれども、もう次がまたできおる。もう限りがないです。ね、問題は本人達がおかげを頂くより他にないのです。いくらあったからと言うて、あって争いが収まるというという事はないのです。
ね、そこで、私共が教祖が仰るようにです、ね、おかげ、おかげの手本がある。おかげの見本がある。この方がおかげの受け始めである。みんなもこのようなおかげが受けられるんだと。ねえ、それを私共が、いわゆる生神が誕生なさったんですけれども、その生神に我情が付き、我欲が付いて、そして、似ても似つかん、神様とは、それこそ人間の面はしとるだけの事であってです、根性が悪うなる。性根が変わる。もう人間の性じゃない、もうそれこそ、ね、あの布でも汚れはてて、放からかしとったら性が変わるでしょうが。で、ビリビリするごつなるでしょうが。そういう人間が今この世の中にはもうウヨウヨしてるんです。ほんな人間の面かぶっとるだけです。自分だけが儲かりゃよか、自分だけがよかりゃよかといったような考え方の人がです、ね、あまりにも世の中に多くなった。そこから神様の御心配が始まって、私が頂くように、この地球上に死相が現れたと頂くんです。(?)な時でも(住んどるこの?)地球上はもう死相が現れ、死相が出とるんです。そこを、いわば、死活自在であるところの天地の親神様におすがりさせて頂いて、この地球上に有り難い人間が人間らしい人間が、神を目指していくというほどしの人間がです、ね、できていくというようなおかげを頂かなければ、本当に地球は破滅である。人間は破滅する。ね、いわゆる寒天危地です。寒い天、危ない地と書いてある。私がお知らせいただいたのは寒天危地である。それをね、いわゆる歓天喜地にしていかなければならない。それは、歓びの天、ね、喜びの地と書くのです。歓天喜地の世の中にしていく事の為に、まず私共の心の中に寒天危地の心、ね、神様が、ね、悲しまれるような心、神様が、ね、嘆かれるような心の状態を私共が持っておる所に、人間の不幸せがあるのです。
そこで、なら、これが我情だ、これが我欲だ、信心とは日々の改まりが第一と仰せられるように、昨日の朝の御理解に聞いて頂きました、先ほど光橋先生がお話し申しておりましたように、私共が生神様へなる稽古というと何かこう、そげんもう生神様にでんならんでよかちゅうごたるけれどもね、昨日の御理解を頂いておると、生神にかえっていく事だと仰る、昨日の朝の御理解で。生神にかえっていくのだと。金光様の御信心は生神にかえっていく修行なのだ。
ね、それは何故かというと、ん、もう、生まれた時にすでに生神が誕生しておられるのである。それに、我情が付き、我欲が付き、垢が付いて、似ても似つかん、人間の面しとるだけというような状態になってここに難儀がかもされておる。難儀がそこにあるのですから、ね、私共がです、ね、一つの改まりになったら一歩神様へ、かえ、近づいた事になる。一つ磨かせて頂いたら二つ神様へ近づいた事になる。神様へかえっていく修行を繰り返させて頂くというような心の状態で五つの願いを願わせて頂くという事になってまいります。
体の丈夫を願え。ね、子孫繁盛家繁盛を願え。ね、家庭円満のおかげを願わせてもろうて、家庭中の者が、家族中の者が、ね、真実の御用、神様にお喜び頂けるような御用にお使い回しが頂きたい。ギリギリ天地金乃神様のお心に叶う、いうなら、神願御成就の事の為に帰依させてもらうという、そういうささやかな運動が今合楽で言われておる合楽示現活動に参画するという事でございます。
ね、私も助かり人も助かる。そういう働き合いを現していくという事なんです。それにはまず、自分自身の心の中に、ね、助かる手立てを作っていかなければいけません。ただ願う事頼む事だけが、なら成就したからというて、二つ三つ成就したからというておかげになる事はないのですけれども、自分の心が神に近づいて行く、いわゆる自分の心の中にある和らぎ賀ぶ心が生まれてくる。どこから生まれて来るか分からない。
昨日麻生さんが二度目のお参りをなさった時にお届けをしておられる。まだ今は三十いくつでしょうか。御信心を始められてもう十何年でしょうけれどもです、最近はこの頃、ね、もう本当に何かちょっとした事にでも感動する電話を受けて、はいはい、もしもしと言うておる間に、それこそおかしいぐらいに、の、有りがた涙がこぼれるといわれるのです。そりゃ大きな頑丈な、その、方なんです。ね、その方が電話を受けながら涙をぽろぽろ流して有りがたがっておる様子を思うてみただけでも素晴らしいでしょう。ね、はあ苦しゅうしてこたえんといったような涙がこぼれるのじゃあない。もうどこから湧いて来るか分からない、こういう有り難いものが自分の心にあっただろうかと思うほどしの有り難さ。ね、そういう有り難さというものがです、いつ、どの、できたか分からんのですけれども、信心の稽古をさせて頂いて内に、いつとはなしに有り難うなってくる。その有り難い心をもって見るから聞くから、すべてが有り難いものに見えてくるのでございます。もうあんなやつがと思うておったのが、あんな良い人がという事になってくるのです。こんな問題はいやだという、そのいやだというものが好きになってかえって体の、いうならば心の滋養になって来るのです。ね、好かんもんが好きになる。嫌いなものが好きになる。ね、自分の周囲にはみんな良い人、有り難い人ばっかりになってくる。そこに私は極楽の中にあるんだという、そういう境地を私は生神の境地だというのじゃないかと思うです。
ね、生神様を目指すという事よりも、生神様へ帰っていくという稽古を日々怠ってはなりません。頂いたおかげがかえって、先生、あん時に息子は助けてもらわん方がよかったとさえ思いますというようなおかげではつまらん事が分かります。ね、そういう願いが成就したからというてそれはありがたいのですけれども、その後の理解申して聞かせと仰せられる、その理解を聞いて、お話を頂いて、そして自分の心の中にそれをいよいよ磨く事のための、改まらせて頂く事のための教えになり、またはそれが道付けになって行く生き方をさせてもらわなければ、信心が有り難いもの、楽しいものになってまいりません。
ね、お道の信心はもうどこまでも、ね、私共の願いと天地金乃神様との願いが一致するという事。ね、私共が願いおる事と、神様が願ってござる事一つに一致するところが、神様の喜びが一致するのですから、ここから繋がるのですから、交流するはずです。その交流というのはです、もう人間の幸せのすべてがこのルートを辿って交流してくるのですから、いよいよ有り難い事になるのです。
どうぞ。